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2013年11月1日

【施 光恒】日本語の優しさ

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おっはようございま〜す(^_^)/

気が付けば、もう11月ですねー。ついこの間まで、暑い暑いと言いつつ夏の甲子園をテレビで見ていたと思ったら、今年もあと2か月。月日が経つのが早すぎます…。

前回、言語社会学者・鈴木孝夫氏の議論を紹介しながら、日本語の特徴に関する話をしました。今日も、似たようなお話を。

鈴木孝夫氏の指摘している日本語の興味深い特徴の一つに、会話のなかでの「自分や相手の呼び方」があります。『ことばと文化』(岩波新書、1973年)というロングセラーの本に載っている話ですので、ご存知の方も多いかもしれません。

たとえば、英語を母語とする人は、会話のなかで自分自身を指すときは、常に”I”ですし、相手を指すのはいつも”you”です。

英語などヨーロッパの言語は、自分や相手を指す語はとても限られています。自分のことは、英語だったら”I”、ドイツ語だったら”ich” (イッヒ)、相手のことは英語なら”you”、ドイツ語でしたら”du”(ドゥー)か”Sie”(ズィー)という具合です。

つまり、ヨーロッパ言語では、自分や相手を指す言葉は、せいぜいそれぞれ一語や二語ぐらいしかないんですよね。

他方、日本語では、さまざまです。
たとえば男だったら、仕事中やかしこまった場では自分のことを「私」と呼ぶけれども、気のおけない友人や家族との会話では自分のことを「俺」とか「僕」とか呼ぶという人はわりと多いのではないでしょうか。

日本語には自分自身を指す語は、「私、俺、僕、うち、自分、わし、手前、小生」などたくさんあります。また、話している相手を指す語も、「あなた、君、お前、貴様、おたく」など数多くあります。

これ以外にも、自分や相手を、職場や親族のなかでの「役割」で呼ぶ場合も少なくありません。

たとえば相手を指す場合でしたら、「先生」、「課長」、「部長」などの職場での役職で呼びかけたり、「お母さん」、「お姉ちゃん」「おじいちゃん」「叔母さん」などの親族名称で呼んだりするのは普通です。むしろ英語と違って日本語では、「あなた」とか「きみ」などの二人称代名詞で相手を呼ぶことって日常生活ではほとんどないですよね。

日本語では、自分自身を役割名称で呼ぶこともあります。たとえば、小さな子を持つ男性が、子どもの前では自分のことを「パパはね〜」とか「お父さんはな」とか言う場合です。小学校の先生は、児童の前では自分のことを「先生は…」と言うことが多いのではないでしょうか。

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このように、日本語には、会話のなかで自分や相手を指す言い方が多岐にわたっていて、状況に応じて、うまく使い分けていかなければなりません。

鈴木氏はこの点について、日本語を母語とする人と、英語などヨーロッパ言語を母語とする人との間の自己認識の違いと関係づけて説明しています。

英語の場合は、自分はどんな場合でも常に”I”です。このことは、英語の世界観では、常に自分が出発点、あるいは基準として、そこから周囲を認識するというものの見方になることを示しています。自分がまず揺るぎなく世界の真ん中に存在していて、そこから他者や周りの状況を規定していくというかたちになるというわけです。

日本語の世界観はかなり違います。日本語は、状況に応じて、適宜、自分を指す言葉を柔軟に使い分けなければなりません。ということは、自分の周りの状況を先によく知って、その後、そこでの自分が認識されるという順番になります。つまり、自分がどういう存在かは、場に応じて臨機応変に決まってくるという具合なんですね。

鈴木氏は、こういう自己のとらえ方の相違が、英語と日本語の自分や相手を指すときの言語習慣の違いになって表れてくるのだと説明しています。

当然ですが、日本語と英語の自己認識の仕方、あるいはそれと密接に関係のある各々の言語習慣のあり方は、日本語と英語のどちらが良いとか優れているとかいうものではないと思います。これは文化の相違であって、優劣の問題ではないわけですので。

ですけど、私は、日本における自己認識や、それと密接な関係のある日本語の言葉遣いの習慣は、いかにも日本的で好きです。

以前、当メルマガにも書きましたが、百田尚樹氏の小説『海賊と呼ばれた男』のモデルになった出光興産の創立者・出光佐三氏は、日本人の倫理の特徴を「互譲互助」の精神だと述べました。

状況認識や他者との関係性の認識が先で、それに応じて臨機応変に自分を規定していくという柔軟な日本人の自己認識のありかたは、この「互譲互助」の精神を育みやすいなと思います。

自分の主張や欲求を、状況や他者の観点に照らして、お互いにより望ましいかたちに調整し合う。そして各人には、場の複雑な状況や他者の観点を鋭敏に読み取るための「共感能力」(思いやりの能力)や、自分を客観的に見つめ、必要であれば自分のこれまでの認識や考え方を柔軟に修正していくための「反省」の能力が求められる。そういうのが日本人の倫理としては、なじみやすいのだろうなと感じます。

他方、英語を母語とする人々でしたら、自己は最初からどーんと真ん中に位置するので、複数の人々の自己主張が前もって調整されることはなく、衝突し合うことになるんでしょう。そこで、英語圏だと、互いの自己主張のぶつかり合いを事後的に調整する「公正さ」という理念や、それを体現する法律やルールの明記や順守が大切になってくるのだと思います。

「思いやり」や「反省」を重視する日本語の世界と、「公正さ」という理念による事後的調整を重んじる英語圏のあり方。どちらがいいというものではないと思いますが、私は、日本のやり方のほうが好ましく感じます。

気が付くと、ちょっと理屈っぽい話になっておりますた…。
f(^_^;)

もう一点だけ。私が鈴木孝夫氏の話で、すごくおもしろいと思った他の点として、日本人の「家族の呼び方」の他言語ではみられない特徴があります。

たとえば、日本人の夫婦は、子どもが生まれるまではお互いに名前で呼び合っていても、子どもが生まれると、つまり家族の幼いメンバーができると、夫婦でお互いに「お父さん」、「お母さん」などと呼び合うようになることが多いと思います。

仮に、A夫さんとB子さんの夫婦でしたら、子どもが生まれる前はそれぞれ「A夫くん」、「B子ちゃん」とか呼び合っていたのが、C男くんという赤ちゃんができると「お父さん、お母さん」とか「パパ、ママ」とかになったりします。

また、たとえばこの夫婦に二番目の子ども(D美ちゃん)ができると、今度は、最初の子である「C男くん」はそれまで名前で呼ばれていたのに、「お兄ちゃん」と呼ばれるようになることがわりとあると思います。

または、たとえばB子さんの父(E蔵さん)や母(F子さん)は、それまでB子さんに「お父さん」「お母さん」と呼ばれていたのに、B子さん夫婦に子供が生まれるとB子さんにも「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばれるようになります。E蔵さんやF子さんのほうは、特にC男くんやD美ちゃんの前では、自分の娘であるB子さんを「お母さん」と呼んだりします。

A夫さんやB子さんが、C男くんやD美ちゃんに話しかけるときは、それぞれ「お父さんはな」とか、「お母さんはね」というかたちで、自分自身のことを子どもたちの観点からみて呼びます。

鈴木氏は、こういう日本の家庭でよくある言語習慣のルールとして、日本人の家庭では、「家族の一番幼いメンバーの観点に立って、それぞれを呼び合うことが多い」と分析しています。

鈴木氏は、こういう言語習慣ができた理由について特に言及していませんが、やはり一番幼い子(上の例ではD美ちゃん)の観点に立って、その子が混乱せず、世の中のことがスムーズに学べるようにしてあげたいという年長者の優しい願いから生じているんだと思います。

つまり、常に一番幼い子の観点に立って、この人は「お父さんだよ」、「お兄ちゃんだよ」「おばあちゃんだよ」と、この世に生まれてきて日の浅い子が混乱することがないように、家族のメンバーを呼ぶんだと思います。

こういう日本語の言語習慣は、あらためて知るととてもいいものですよね。
日本語って、優しい、思いやりのある言語だなと思います。
(^_^)

いつもながら長々と失礼いたしますた<(_ _)>

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【施 光恒】日本語の優しさへの5件のコメント

  1. 呼鈴理事 より

    “場の複雑な状況や他者の観点を鋭敏に読み取る”‥‥話題からいつも逸れる脳神経回路ははんだづけの修復跡ばかりのイモはんだおじさんです。 ワシの小さい頃は知恵遅れの子とかも一緒の学級で勉強していました。そんな馬?…間違った、場が同居したまんまの世界の方がよかったのではないかと、何かを切っ掛けにつくづく思い起こします。そしてしだに教育も分科化される方向になって、塾(ある意味特区化)とかが出現してきて、今に至っては遂にはえんグリッシュでカンパニるスクールですもんね。この先何処まで行き着くのかと思います。右谷氏(この方は誰の指示で劇薬販売を推進してるのか?)を劇薬漬けにして左のツラを殴ってみたい。「社長ぉ殴られたのは左です」ん、いや、わしゃ右谷じゃ。いや私がオカシイのだ。おぉ出かぁけでぇすかぁ。名から何まで支離滅裂。

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  2. 名前はまだ無い より

    日本語自体も優しいけれど施さんの文章はそれにも増して優しさが滲み出ています(笑)。

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  3. 毒シャア より

    今回も面白かったです。勉強になりました。十年くらい前に鈴木孝夫さんに凝って、著作を何冊か読みました。いったん読みだすと面白くて、ついつい読みふけっちゃうんですよね。ところで、「日本人の知らない日本語」というショート・マンガをご存知でしょうか? 日本語学校の先生と外国人学生がくりひろげる日本語バトルが抱腹絶倒という内容なのですが、日本の「家族の呼び方」のルールが分からなくて困惑している外国人のエピソードもありました。他にも、「スッパ抜く」のスッパって何ですか?とか、「失礼極まる」と「失礼極まりない」はどちらが失礼ですか?など、妙に細かい疑問を持つ外国人の反応が爆笑で、日本語系のお話が好きな方なら楽しめますよー

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  5. やす より

    大変いいお話、ありがとうございます。やはり銭金だけの話はうんざりでした。今の日本のよさを教えていただき暖かい気持ちになりました。

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