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2014年10月2日

【柴山桂太】1937年との類似?

From 柴山桂太@滋賀大学准教授
経済学者のロバート・シラー氏が興味深いエッセイを書いています。タイトルは「1937年との類似」。
今次の世界不況は、よく1929年の大恐慌と比較されます。注目すべきは、戦前の恐慌は二度あったということ。29年の株価暴落から8年後の1937年にも、景気が大幅に落ち込むという現象がみられました。この二度目の不況を乗り越えたのは、第二次大戦後のこと。1930年代〜40年代の景気回復は、「W字(下がって上がってまた下がる)」状で進んだのです。
2008年以後の世界経済が、同じ道をたどるかどうかはわかりません。ただ、いくつかの共通点がある、というのがシラー氏の問題提起です。
まず、経済停滞が続くことによる不満が各地で高まっていること。上の記事によれば、昨年のウクライナの一人当たりGDPの成長率は0.2%、ロシアで1.3%と、危機前に比べて低い水準で推移しています。この失望と不満が、ウクライナの分離主義や、プーチンの強行な態度を後押しています。
先進国でも、将来に対する悲観的な見方が広まっています。この停滞は短期のものではなく、長期にわたって続くのではないか、という予想がしだいに現実味を帯び始めているのです。「ニュー・ノーマル」とか「長期停滞」と呼ばれる議論ですね。
今年始め、クリントン政権の財務長官だったローレンス・サマーズ氏が「長期停滞論」を唱えて話題になりました。
今の需要不足は、かなりの長期にわたって続くのではないか、という予測です。長期のことは誰もわからないのであくまで「仮説」の域を出ませんが、投資したくても投資先がないという、先進国がどこも直面している異常状態が、長く続く可能性は確かにあります。
「セキュラー・スタグネーション(長期停滞)」論は、1930年代にも流行しました。特に1937年恐慌の後は、資本主義の将来に対する悲観的な見方が強まり、A・ハンセンやJ・A・シュンペーターといった著名な経済学者が盛んに長期停滞の問題を論じていました。シラー氏が指摘するように、いまの経済論壇は、この時の状況をなぞり始めていると言えます。
問題は、現実に長期停滞が続くかどうかではありません。先にも述べたように、長期のことは誰にもわかりませんから。ただ、国民全体が長期の展望を悲観しはじめることが、現実の政治に及ぼす影響は甚大です。事実、1930年代には、将来展望が不確実になり、長期停滞のムードが広まったことが、政治は大混乱に陥りました。
今回も、長期停滞ムードが広まることで、国民の間(または国家間)で、不寛容や暴力が噴出する、という事態になるかもしれません。民主主義は、経済の成長期にはうまくいきやすいのですが、経済の停滞期には少ないパイの取り分をめぐって争いが激しくなる傾向にあります。シラー氏のいう「1937年の類似」とは、そのような事態です。
では、長期停滞をどのように打破すべきなのでしょうか。先にあげたサマーズ氏は、三つの方策を検討しています。
1.労働市場の改革(職業訓練など)
2.量的緩和の継続
3.インフラの更新など政府支出の継続的拡大
このうち、1については、その必要性を認めつつも、デフレ圧力が強い現在では、逆効果になりかねないとしています。「生産能力の拡大は、財やサービスへの需要が増えない限り生産の拡大には直結しないだろう。・・・実際のところ、供給力を増やす方策はデフレ圧力を増幅させるという逆効果を招きかねない」というわけです。これは、本メルマガの寄稿者が口を揃えて言っていることですね。
2についても、サマーズ氏の評価は高いとは言えません。「こうした方策を講じなかった場合に比べて、経済がずっと力強さを増し、健康を取り戻したのは疑いようがない」と一定の評価をしながらも、「成長率を大幅に下回る金利に長期にわたって大きく依存する成長戦略は、大規模な金融バブルの出現とレバレッジの危険な蓄積を約束しているも同然だ」と、量的緩和の長期的な継続には否定的な見方を示しています。
要するに次のバブルを準備しかねないということで、これは現在、「出口戦略」をめぐって盛んに議論されているところです。
となると、残りは3しかありません。インフラの更新を早めるなどで、政府支出を増やすという方策です。サマーズ氏は、石炭火力発電所の更新などを例に挙げていますが、何に投資するかはその国のおかれた状況によって異なるでしょう。いずれにせよ、需要の減退を直接食い止めるためには、政府による財政刺激が不可欠であるには違いありません。
もちろん、公共投資という選択肢以外の需要拡大策があれば、そういう新しいアイデアも検討されるべきなのでしょう。しかし、いまのところ、他に妙策がないというのが現状です。
公共投資が不人気なのは、どの国も同じです。しかし、これから経済の停滞が政治(国際政治)の混乱へと発展していくと予想される中で、公共投資の役割は否が応でも大きくならざるを得ないでしょう。その必要性を議論する段階は、とっくに過ぎています。政府支出を「何に」使うのか、「何に」投資するべきなのかに、国民の知恵を絞るべき段階に来ているのです。
PS 以下、柴山からのお知らせです。
文芸評論家の浜崎洋介さんとトークショーをやります。
月末には、滋賀大で三橋貴明さんの講演会も。
11月4日には、シンポジウムもあります。
PPS
三橋貴明の最新ダイジェスト動画。
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【柴山桂太】1937年との類似?への4件のコメント

  1. 日本財布論、改め、日本連帯保証人論 より

    最近の土木は、技能が高度化し過ぎて失業者を救うには不向きだ、と聞いている。

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  2. 日本財布論、改め、日本連帯保証人論 より

    >もちろん、公共投資という選択肢以外の需要拡大策があれば、そ>ういう新しいアイデアも検討されるべきなのでしょう。しかし、い>まのところ、他に妙策がないというのが現状です。低所得者層への所得移転でもやってみたら、どうか。財源は。。。富裕層への徴税が難しいなら、財政ファイナンスもあり得べし。

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  3. たかゆき より

    柴山さまの おっしゃるとおり国民の知恵を絞るべき段階に来ていると存じます。人事をつくして天命をまつ ということばがありますが知恵を絞らず天罰がくだる、、そのような状況を危惧しております。この国が未来永劫 戦争にまきこまれないなどということはあり得ませんでしょうしましてや死は必ず訪れますからいざという時に覚悟できるように人事をつくす毎日でございます。

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  4. 神奈川県skatou より

    柴山先生のお話、経済指標の近似もさることながら学者をはじめとした「ものの考え方」までもが過去をトレースしていること、世間は不寛容に傾くということに、自分はなにか迫りくるものを感じました。1937年といえば、盧溝橋事件、通州事件の年のようですね。弱いものほど罠を考えるでしょうから、強気の安倍外交もいつか裏目にならないと良いですね。> 公共投資が不人気なのは、どの国も同じです。しかし、これから経済の停滞が政治(国際政治)の混乱へと発展していくと予想される中で、公共投資の役割は否が応でも大きくならざるを得ないでしょう。その必要性を議論する段階は、とっくに過ぎています。政府支出を「何に」使うのか、「何に」投資するべきなのかに、国民の知恵を絞るべき段階に来ているのです。安倍政権は地方創生が次のテーマらしいですが、人口減の地方対策ってどのようにやるのでしょうか。町村に平等に予算配るとか、ちまちまやらないで、どこか閑古鳥の鳴いてる新幹線駅前に集中してタワーマンション、工業団地、駅前賃貸商店街をセットで新造しちゃえば(自宅兼用商店は年金世代が一階を他人に貸すのが嫌でシャッター街のままにしたがる)いいと思いますが、そうやって出来たニュータウンは世代が偏り、子育て文化が不安定で学校が荒れたり、モンスターペアレントが跋扈したりして「絶対いや」と某教師が申しておりましたとおり、既存の地域住民や多彩な世代との連帯を図るのが、安定的社会の鍵なのかなぁと。ああ、高齢者施設の併設を義務化しちゃえばいいのか?など、つまらぬ妄想したりします。でも、よそ者の考える「素晴らしい街の提案」は、津波被災地に東京のエライ学者先生がきて復興街を提案してくれると喜んで話をきいてみれば、SFチックな、自分たちの暮らしのリアルの臭わない、今までの暮らしからの連続性をまるで無視の、住みにくそうな見てくれだけのチープデザインに「かっこいいでしょ」と言われて当惑する現地の人のように、難しいものなのだろうと推測いたします。

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