【青木泰樹】足し算エコノミスト


From 青木泰樹@経済学者

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「足し算エコノミスト」という言葉をご存知でしょうか。
先月、黒田日銀総裁の会見記事を読んでいるときに、ふと、その言葉を思い出しました。

日銀は1月の金融決定会合において、2015年度の物価見通しを「対前年度比1.7%上昇」から「対前年度比1%上昇」へと下方修正しました。
前回の見通しを示したのが昨年の10月でしたから、わずか3か月で0.7%も下げたことになります。
10月の時も7月から0.2%下げましたから2回連続です(前回は、その直後に2発目のバズーカを打ちましたね)。

その理由について黒田総裁は、「原油安によって15年度にかけて物価上昇率は下振れする」と説明しました。
日銀の公表資料によれば、エネルギー価格の寄与度がマイナス0.7%~0.8%との見通しなので、ちょうど原油安の分だけ下方修正したことになります。

続けて、黒田総裁は「物価の基調的な動きについての見通しに変化はない」と付け加えました。
後日、衆院の予算委員会でも「輸入価格の動きがトレンドとしての物価上昇率を決めることはない」と答えておりました。
しかし、分かりにくいですね、リフレ派の人の話は。

原油安によって来年度の物価上昇率は下がるが、中長期的には日銀の目指す2%のインフレ率で安定すると言われても、一般の人にはその理屈がわかりませんね。
せめてトレンドとしての物価上昇率の定義くらいは示してほしいものです。

さて、冒頭の「足し算エコノミスト」ですが、岩田規久男日銀副総裁が講演等で物価水準の話をする時、他のエコノミストを揶揄する意味で使う造語です(彼の専売特許)
今回はリフレ派の中心的存在である岩田氏の犯している物価水準決定に関する誤認について考えます。

岩田氏は、物価水準はミクロ的なモノやサービスの価格変化を足し合わせて決まるものではなく、マクロ的諸要因(需給ギャップ、期待インフレ率等)によって決まると事あるごとに発言しております。

これに対し、部分均衡分析に立脚し、個々の財の価格変化を足し算することで物価水準が決定されると考えるエコノミストを指して「足し算エコノミスト」と呼んでいるのです。
ここで部分均衡分析とは、他の事情を等しくして(ceteris paribus)、ひとつの市場だけを対象とする分析手法です。
例えば、他財の価格を一定として原油価格の変化だけを考えるといった分析です。
しかし、さすがに部分均衡分析に立脚して物価を考えるエコノミストは居ないでしょうから、これは岩田氏の誇張でしょうね。

おそらく岩田氏は、ある財の価格変動は必然的に他財の価格変動をもたらし、それによって相殺されるため、物価水準の変動には及ばないと考えているのでしょう。
例えば、原油価格の下落はガソリン価格の低下をもたらしますから、自動車の売れ行きが良くなって自動車価格が上がるかもしれませんし、またガソリン代が浮いた分、他の商品への支出を増やせば当該商品の価格は上がるだろうと。

結局のところ、個々の価格変動は相対価格体系(諸財の交換比率)を変化させても、絶対価格水準(物価水準)を変化させないと言っているわけですから、言外に物価水準を決めるのは貨幣数量だと言いたいのでしょう。
ただ直接、貨幣数量説を持ち出すと即座に否定されますので、間接的にマクロ的諸要因が物価を決めると言っているのです。

しかし、「量的緩和によって需給ギャップは解消でき、同じく量的緩和を日銀がコミットメントすればインフレ期待を変えられる」と岩田氏は言明しているのですから、結果的に貨幣数量の変化が物価水準を決めると言っているのと同じことです。
ただ本家マネタリストとは、「期待」を通じた実体経済への効果波及という怪しげな理屈がくっついているところが違いますが。

新旧いずれにせよ貨幣数量説が現実に妥当しないことは明らかです
金融取引に使うカネ(不活動貨幣量)と経常取引に使うカネ(活動貨幣量)を区別せずに一括して貨幣量と想定しているからです。
しかし、物価水準を決めるのは経常取引に使うカネの量であって、金融取引に使うカネの量を増やしても資産価格が上がるだけで物価は上がらないのです(実は経済学では貨幣市場を一つと想定しているため、この現象を説明できない)。

昨年一年間に日銀は国債購入などで60兆円以上のベースマネーを民間金融機関に渡しましたが、そのほとんどが超過準備として日銀当座預金に積みあがっただけなのです(不活動貨幣量を増加させただけ)。
2014年12月のコアCPIも前年比2.5%、消費税分を除けば0.5%でしたから、物価もリフレ派の思惑通りには上がりませんでしたね。

民間金融部門にカネを渡しても、実体経済(民間非金融部門)に資金需要がなければ、そこへカネが回らないのは誰が見ても明らかなのですが、主流派経済学ではそれが説明できないので経済学者は頬かむりしているのが現状でしょう。

リフレ派の根本的誤りは、現実社会で生活する人々の物価に関する期待形成過程を無視していることです。
自分勝手に、リフレ派流に解釈していると言ったほうが適切かもしれません。
人々の期待を変えるためには、その前提として人々がどのように期待を形成しているのかを知る必要があるのです。
例えば、「量的緩和によってインフレ期待が高まる」と主張するためには、大半の人々が「貨幣数量が増えれば物価は上がる」と考えていなければならないのです。それが前提条件です。
「デフレ(もしくはインフレ)は貨幣現象である」と大半の人々が考えていなければ、効果はありません。

私のように「デフレの原因は総需要不足であり、インフレの原因は総供給不足である。量的緩和によって需給ギャップは埋まらない」と考える人が多ければ、量的緩和をしてもインフレ期待は高まらないのです。
量的緩和によって民間保有の国債が日銀へ移るから国債問題の解決にとって良いことだと思うくらいです。
他方、「国土強靭化計画を今後10年間、建設国債を財源に毎年10兆円から20兆円規模で着実に実施してゆく」と政府がコミットメントすれば、私のインフレ期待は高まりますが。

リフレ派は、大半の国民がリフレ派と同じ論理で期待形成をしていると期待しているにすぎません。単なる思い込みです。

さて、物価水準の決定因に話を戻しましょう。
実は消費者物価指数(CPI)は、対象となる個々の財の価格にウェイトを付けて合計したものを基準年の合計額で除して算出されます(ラスパイレス指数ですから)。
足し算をベースに算出されているのです。
さらに物価変動の原因を見るために使うのが「寄与度」です(寄与度とは、ある財の価格指数の変動が,総合指数の変化率のうちどの程度寄与したかを示すものです)。
各財の価格変化の「寄与度」を足し合わせると、CPIに一致するのです。

ですから黒田総裁が来年度のコアCPIの見通しを原油安によって従来よりも1%へ下方修正したということは、次の式のように考えたからなのです。
コアCPI=エネルギー価格の寄与度(-0.7)+その他価格の寄与度(+1.7)=1%

足し算したのです。
岩田副総裁の言を借りれば、黒田総裁は正しく「足し算エコノミスト」になってなってしまいます。
どちらが間違っているのでしょうか、岩田氏でしょうね。
総裁と副総裁の見解が真逆であると困ってしまいますから、その齟齬を隠すために、黒田総裁は「物価の基調に変化なし」と強弁しているのでしょう。
しかし、「エネルギー価格(輸入価格の代表です)の動きがトレンドとしての物価上昇率を決めるものではない」というのも矛盾しているのではないでしょうか。

黒田総裁の言う「トレンドとしての物価上昇率」の定義が今一つわからないのですが、一般的に言えば、過去の多時点での物価上昇率をデータとしてそれに基づいて導出された傾向線でしょう。
来年度の物価見通し同様、過去の物価上昇率のデータには明らかにエネルギー価格の影響が含まれています(寄与度を足し算しているのですから)。
エネルギー価格の影響を含んだデータを用いて造られたトレンドが、エネルギー価格の影響を受けない」ことはあり得ないと思います。

しかし、もう一つの可能性は、黒田総裁が「トレンドとしての物価上昇率」として主流派経済学で使われる「トレンド・インフレ率」を想定しているかもしれないことです。
通常、経済学では物価の変動要因として需給ギャップ、予想インフレ率、価格ショック等を考えます(もちろんインフレ期待が如何に形成されるかは別問題)。
トレンド・インフレ率は、通常、「経済が定常状態に到達したときのインフレ率」と定義されております。
定常状態とは、需給ギャップが存在せず、期待が実現し、価格ショックも存在しない状態です。いわゆる新古典派の長期均衡状態です。
もちろん定常状態は学問上の想定ですので、現実には到達できません。

さすがに現実経済における金融政策の最高責任者が、そうした机上の空論に立脚しているとは思われませんが、どうなのでしょう。

PS
もしあなたが、机上の空論ではなく「生きた経済」を学びたいなら、
こちらのページが参考になるはずです。
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

  

【青木泰樹】足し算エコノミスト” への5件のコメント

  1. 多数派経済学はメルへノミクス♪

    多数派経済学の諸説を
    知ったときの第一印象は
    まさしくメルヘン!
    どう考えても夢物語です。

    「Econ族」の神話に
    ノーベル賞が授与されるならば
    「経済学賞」ではなく
    文学賞でございましょう。

    「Econ族の実態」を世に知らしめるためには
    まず
    ノーベル経済学賞を廃止することから
    始めるべきではないかと存じます。

  2. 売国・奴ミナント・ストーリー・Ⅲ(絶賛公開中!) より:

    >いわゆる新古典派の長期均衡状態です。もちろん定常状態は学問上の想定です

     もう現実世界はフィクションに包まれてしまっていて自分は生きている心地が全く感じられなく、働く意欲も無くなってきました。

    完全にセイの法則に取り込まれてしまった現代の
    “大セイ(の法則)欲賛界”と頭が考えてしまいます。
    (ナルシストなサヨクなんでしょうか私は)

    先生の仰っていた“ベッドに合わせて足を切る”を思い出してしまいました。
    もう私も歩けなくなりそうです。

     今はリベラルに取り込まれてしまった労組側の代役として、公的な機関(所得)の増大、引き上げを行い、
    俯瞰マクロ的異次元な大胆なインフレーション圧力を駈けることこそ、
    先日総理発言の“底上げ”を達成する鍵となるのに、
    何をしてるんでしょうか有識者連合は‥‥。

     無知蒙昧な者が失礼しました。

  3. いつも分かりやすく解説して下さって有難いです。

    是非、地上波に出ていただきたい。

  4. 現在のデフレ下で、平常運転時の「期待値」物差しに立脚されている方が、金融機関への強制性を高めた現場の「現実感」に対し、机上の空論としたためておられる姿勢が、非常に興味深い。
    当該小論を読ませて頂いたところ、過去1年以内で起こったイベントでの、有効需要に於ける「購買力」への影響に言及が成されていないのが、これまた興味深いので投稿しておきました。なぜなら、然程長くないレンジでのマクロ経済に於ける需給ギャップを思考する上では、相反することで価値ある2つのイベントであったのですから。

    消費税→物価上昇(並びに実質賃金の低下)→購買力低下
    原油安→物価低下(実質利益の上昇)→購買力上昇(コアコアCPI上昇の原動力)

  5. 期待形成に関する青木先生の表現には全く同感です。私は近い将来リフレ派は意に沿わない国民の側を攻撃する所業に走ると予想しております。理性と信仰は表裏一体であり、そのバランスが崩れれば狂気化です。

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