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2015年2月11日

【佐藤健志】演劇の「足し算プロデュース」

From 佐藤健志

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●なぜ、「東大出のエコノミスト」を信用してはいけないのか?

⇒ http://keieikagakupub.com/lp/mitsuhashi/38NEWS_CN_mag_3m.php?ts=mag

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青木泰樹先生が、2月7日の本紙に「足し算エコノミスト」という記事を書いておられます。
私なりに内容を要約すれば以下の通り。

1)いわゆる「リフレ派」の経済学者は、物価水準は貨幣の供給量によって(より正確には、貨幣供給量の変化が、物価の変動にたいする人々の期待に影響を与えることによって)決まると考えている。

2)よって、個々の財をめぐる価格の変動(より正確には、その変動が物価全体の変動に及ぼす寄与率)の合計が物価水準を決めると考える経済学者を、否定的な意味合いで「足し算エコノミスト」と呼んだりする。

3)ところが実際には、リフレ派の学者であっても「足し算」の手法で物価の見通しを論じている。

4)というのもリフレ派の学者は、「普通の人々が、物価の変動にたいする期待をどのように形成するか」について、およそ非現実的な前提を抱いている。彼らの理論は、「誰もがリフレ派のように物を考える」ことを前提として、初めて成立するものなのだ。よって、正しくないはずの足し算手法に頼らざるをえなくなる次第。

笑い事なのか、笑い事でないのか、判断に迷うような話ですが、私がちょっと関わっている演劇界にも、「足し算と期待形成」をめぐる、笑えるようで笑えない話があります。
今週はそれをご紹介しましょう。

演劇に限らず、興行において重要な意味を持つ概念が「総キャパ」
ある公演を観に来て下さるお客様の数の最大想定値です。

たとえば総キャパが2万人なら、客席1000の劇場で20回やれるという話になる。
実際にはそこに「稼働率」(毎回の舞台で、客席が何割埋まるか)の問題がからんできますが、この点は脇に置きます。

しかるに。
総キャパがどうやって想定されるか、ご存知でしょうか?
純然たる足し算の産物なのです。
たとえば、こんな感じ。

「今度の作品は、主役のAがアイドルだから、彼のファンが1万人は来る。で、ヒロインを演じるBのファンが6千人、脇役C、D、Eのファンがそれぞれ2千人ぐらいだから・・・よし! 総キャパ2万ちょっとで行ける!!」

これを「票読み」と申します。

「足し算エコノミスト」ならぬ「足し算プロデュース」ですが、面白いのは足し算の対象となるのが、ほとんどいつも出演者に限られること。
よほどの人でもないかぎり、作者や演出家が「票」を持っているとは見なされません。
そして、本来なら最も重要なはずの「作品そのものの魅力」が計算に組み込まれることなど、一部の大型海外ミュージカルを除けば皆無と言っていい。

当たり前の話ですが、「これは面白そうだ」と思って下さらないかぎり、お客様が劇場に足を運ぶことはありません。
つまり総キャパの想定にあたっては、「観客の期待形成」のあり方について正しく判断することが肝心なのですが、多くのプロデューサーはこの点に関し、次のように見なしているのです。

1)公演にたいする観客の期待は、好きな役者、わけてもスターが出るかどうかによって形成される。

2)したがって、「総キャパ=メインキャストのファン数の合計」と考えて差し支えない。

3)他の要因がまったく影響を及ぼさないとは言わないが、ほとんどの場合、それらは無視して良いぐらいに小さなものである。

ところがお立ち会い。
興行の目算を立てる段階では「足し算プロデュース」に徹している方々が、「ヒットのカギを握るものは何ですか?」と聞かれると、「何より作品の魅力です」と答えたりするのですよ!

どんなスターであろうと、つまらない作品で輝くことはありえませんので、これはむろん正論。
とはいえ、ならばなぜ「総キャパ=メインキャストのファン数の合計」なる公式が成立してしまうのか。

残念ながら日本では、「作品の魅力によって観客を集める」という、正当な形における需要の喚起が、まだ十分に達成されていないのです。
それはつまり、作品自体の魅力で感動させる舞台が(ふたたび、一部の海外作品を別とすれば)少ないことの表れ。
ずばり、価値創造力が足りないのです。

するとお客様は、「好きなスターの活躍」という二次的な要素に、もっぱら観劇の楽しみを見つけざるをえない。
よって、「公演にたいする観客の期待は、好きな役者、わけてもスターが出るかどうかによって形成される」という、本来は正しくない(というか、正しくあってはならない)期待形成理論が、正しいものとして通用してしまう。

だとしても、キャストの個人的な人気に頼ってばかりでは、いかんせん観客の数に上限がある。
正しくない期待形成理論に寄りかかった報いというべきか、わが国の演劇においては、観客数が「デフレ」(=減少)になることはあっても、「インフレ」(=増加)となることはめったにないのです。

インフレとは「需要が供給を上回る状態」ですから、価値の創造が足りず、正当な需要の喚起ができていなければ、デフレ基調になるのは理の当然。
リフレ派の経済学は、日本をデフレから脱却させるのに失敗しつつあるものの、日本演劇はずっと以前から、「(間違った)足し算に追い込まれたリフレ派」のごとき状態に陥っていたのでありました。

20世紀フランスの偉大な劇作家ジャン・ジロドゥは、「芝居がむしばまれたら、国民もむしばまれる」という名言を残しましたが、演劇はまさに社会全体の縮図なのですよ。
ではでは♪

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そして政府もまた、当の幻想から脱することができずにいるのではないか?

前回記事「日本よ、自己欺瞞をやめろ!〜イスラム国の拘束事件をめぐって」も、あわせてご覧下さい。
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