コラム

2016年6月29日

【佐藤健志】セシウムと少女、または「右か左か」の時代は終わった

From 佐藤健志

——————————————————-

【PR】

少子高齢化に伴う生産年齢人口比率の低下。
深刻化する人手不足の中、鈍化する日本の成長。

しかし、この人手不足こそ次なる成長への鍵だった。
これから起ころうとしている第4次産業革命とは一体?

『月刊三橋』最新号
「第四次産業革命〜日本発の産業革命が世界をこう変える!」
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

——————————————————-

2015年4月、『セシウムと少女』という映画が公開されました。
インディ系の作品で、監督は才谷遼さん。
http://cesium-to-shyoujyo.com

「ふゅーじょんぷろだくと」という会社を主宰する方ですが、若い頃から映画監督志望。
それが還暦を過ぎて、ついにデビューを飾ったのです。

東京は阿佐ヶ谷にあるミニシアター「ユジク阿佐ヶ谷」をはじめ、全国各地で上映されましたが、なにぶんインディ系作品ですので、聞いたことがないという方も多いでしょう。

ただし『セシウムと少女』、海外の映画祭ではなかなかの好評。
カンヌ、ベネチア、ベルリンの、いわゆる三大映画祭にこそ出ていないものの、25の映画祭に正式招待されました。
そして20の賞にノミネートされ、そのうち10の賞を受賞!

インディ系(つまり低予算)で、しかも監督デビュー作であることを考えれば、十分に立派な成績でしょう。
これを受けて6月18日から7月29日まで、ユジク阿佐ヶ谷での凱旋上映が行われています。
https://yujiku.wordpress.com

さて。
私は昨年2月、完成試写でこの作品を初めて観たのですが、非常に面白いと思いました。
映画のパンフレットにも解説を寄稿しています。

このパンフレット、昨年の公開には間に合わず、今回の凱旋上映にあたって、やっと完成したもの。
埋め合わせというべきか、全168ページで、カラースチール満載の仕上がりです。
「パンフレット」より「特集本」に近いですね。

そこで今週は『セシウムと少女』を紹介することにしたものの、ならばこの映画、何が面白いのか?

むろん映画の面白さは、観る人それぞれで違っていて良いのですが、私が注目した点はこちら。
『セシウムと少女』は、社会的・政治的な問題意識を強く持っている作品です。
しかるに当の問題意識、「右か左か」(=保守系か、あるいは左翼・リベラル系か)という二者択一の図式では、まったく割り切れません。

わが『愛国のパラドックス』のサブタイトルではありませんが、まさに「〈右か左か〉の時代は終わった」という映画なのです。
http://amzn.to/1A9Ezve(紙版)
http://amzn.to/1CbFYXj(電子版)

では、どんなふうに割り切れないのか?

放射性降下物として知られる「セシウム」(厳密にはセシウム137を指すと思われます)がタイトルに含まれることが示すとおり、『セシウムと少女』は2011年に発生した福島第一原発の事故を大きなモチーフにしています。

これに関する映画のスタンスは、明確に「反原発」。
「反核」の視点もハッキリ盛り込まれていました。
そのかぎりでは左翼・リベラル色が強い。

ところがお立ち会い。
パンフレットの冒頭にも収録された映画の企画書には、こう記されているのです。

これは17歳の少女の成長譚と冒険譚である。
同時に東京という大都市の都市論でもあり、近代日本論でもある。

近代論/近代の到達点としての福島原発事故。
果たして近代は失敗したのか。
戦前と戦後は貫通しているのか。

日本論(。)
残ってきた日本的な(いい)モノ(考え方もふくめて)、そして継承すべきもの。
(一番目以外のカッコは原文。以下同じ)

ここで表明されている問題意識を整理すれば、次のようになります。
・近代、および近代文明の見直し。
・戦前と戦後の関係についての問いかけ。
・日本の伝統的な良さは何なのか、それをどう受け継いでゆくのかという点をめぐる考察。

ずばり、保守(主義)の発想ではありませんか。

だいたい『セシウムと少女』は、いわゆる「社会派問題作」ではありません。
原発事故の影響で、セシウムまじりの雨が降った東京を舞台に、ちょっと変わり者だが元気のいい少女「ミミちゃん」が、雷神、風神などの日本古来の神々と出会うという奇想天外なファンタジー。

神々のみなさん、急激な近代化によって力を失い、ヨレヨレになっている存在として描かれます。
ミミちゃんは神々と一緒に時空を超えて、自分自身のアイデンティティと、日本という国のあり方をさぐってゆく・・・

ふたたび企画書から引用すれば、

全ての問い、疑問、否定ではなく肯定で答えていく(これを彼女と神様連中がみつけることができるか)の旅の話でもある。

とのことです。

映画の中盤、ミミちゃんは1942年、つまり戦時中の東京にタイムトリップして、まだ少女だった自分自身の祖母と友達になったりするのですが、このくだりはとくに興味深い。

戦時下の暮らしというと、とかく深刻ぶった重苦しいトーンで描かれるのが通例ながら、ここでは「戦争が行われていようと、人々は楽しみや喜びを見つけて明るく生きていた」という描き方になっていました。

同時に有名な詩人・北原白秋が、「雨ふり」「待ちぼうけ」「揺籃(ゆりかご)のうた」といった童謡のみならず、国威発揚的な歌を書いていたことも触れられます(※)。
いよいよ保守色が強くなってくるではありませんか。

(※)映画では触れられていませんが、1933年に日本が国際連盟を脱退した際、北原白秋はこれを支持する「脱退節(ぶし)」という歌を作詞しました。イギリスのEU離脱が決まった現在、注目に価する事実だと思います。

すなわち『セシウムと少女』、左翼・リベラル色と保守色とが、どちらも濃厚な形で同居している作品なのです!
ついでに映像表現の面でも、実写とアニメが同居。
「相反する(と見なされている)ものを混ぜ合わせる」ことが、いろいろなレベルで行われているんですね。

そしてそこから浮かび上がってくるのは、近代日本、とくに戦後日本の矛盾したあり方。
わけてもアメリカとの関係について、ちゃんと総括しなかったことがもたらしたツケの大きさです。

その点では、『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』にも通じていると言えるでしょう。
http://www.amazon.co.jp//dp/4198640637/(紙版)
http://qq4q.biz/uaui(電子版)

実際、最初に観たときに私が実感したのは、
「3・11」(=福島原発事故)は、「3・10」(=東京大空襲)の翌日なんだなあ・・・
ということ。

両者の間には66年間の隔たりがあるものの、われわれはその間、堂々めぐりを繰り返してきたのでは、という話です。
敗戦処理に関する不備が、現在の閉塞につながっている、そう形容することもできるでしょう。
『僕たちは戦後史を知らない』の世界ですね。
http://amzn.to/1lXtYQM

そんなわけで試写後、才谷監督(じつは以前より面識があるのです)に、
「3・10と3・11のつながりがテーマなんでしょう?」
と聞いてみました。

監督は一瞬、考えていわく。
「そういうことにするっ!」
よって本記事の解釈は、公認のものとお考えください。

ユジク阿佐ヶ谷での『セシウムと少女』凱旋上映は、連日10:30からの一回。
もっとも7月9日と10日は、20:50からのレイトショーとなります。

このときは才谷監督と、ミミちゃんを演じた白波瀬海来(しらはせ・かいら)さんの舞台挨拶もあるとのこと。
興味のわいた方は、ぜひどうぞ!

なお次週、7月6日は都合によりお休みします。
7月13日にまたお会いしましょう。
ではでは♪

<佐藤健志からのお知らせ>
1)8月20日(土)、「表現者シンポジウム」の第一部に登壇します。
・時間 19:00〜21:30(18:30開場)
 (※)これはシンポジウム全体の時間です。
・場所 四谷区民ホール
・会費 2000円

参加ご希望の方は、郵送ないしファックスで下記宛にお申し込み下さい。
西部邁事務所
〒157-0072 東京都世田谷区祖師谷3-17-22-303
03-5490-7576

お申し込みの際は、お名前、ご住所、電話番号、参加人数を記入していただきたいとのことです。

2)近代日本の矛盾したあり方については、こちらもどうぞ。

『夢見られた近代』(NTT出版)
http://amzn.to/1JPMLrY(電子版)

3)「右翼」「左翼」の区分は、もともとフランス革命から生まれたもの。同革命の問題点を振り返ることは、「右か左か」という発想の限界を知るうえでも有益です。

『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)
http://amzn.to/1jLBOcj (紙版)
http://amzn.to/19bYio8 (電子版)

4)アメリカとの関係を総括するには、まず同国の本質を知らねばなりません。そのためにはこちらを。

『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所)
http://amzn.to/1lXtL07(紙版)
http://amzn.to/1AF8Bxz(電子版)

5)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。
ブログ http://kenjisato1966.com
ツイッター http://twitter.com/kenjisato1966

ーーー発行者よりーーー

【PR】

少子高齢化に伴う生産年齢人口比率の低下。
深刻化する人手不足の中、鈍化する日本の成長。

しかし、この人手不足こそ次なる成長への鍵だった。
これから起ころうとしている第4次産業革命とは一体?

『月刊三橋』最新号
「第四次産業革命〜日本発の産業革命が世界をこう変える!」
http://www.keieikagakupub.com/sp/CPK_38NEWS_C_D_1980/index_sv.php

関連記事

コラム

【佐藤健志】デペンデンス・デイ、または現実とポップカルチャー

コラム

【佐藤健志】経世済民ができた時代への憧れ

コラム

【藤井聡】貞観地震後に「減税」を決断した清和天皇 ~天災が多発するデフレの今、「増税」など「悪政の極み」である~

コラム

[三橋実況中継]グローバリズム対民主主義

コラム

【佐藤健志】FINE ON THE OUTSIDE(うわべだけは元気そうに)

メルマガ会員登録はこちら

最新記事

  1. 日本経済

    【三橋貴明】決して許してはならない凶行

  2. 日本経済

    【三橋貴明】聖徳太子の英雄物語

  3. アメリカ

    政治

    日本経済

    【藤井聡】成田悠輔氏の「老人集団自決論」が論外なのは、...

  4. 日本経済

    【室伏謙一】「金融緩和悪玉論」を信じると自分達の首を絞...

  5. 日本経済

    【三橋貴明】聖徳太子の英雄物語

  6. 日本経済

    【三橋貴明】政府債務対GDP比率と財政破綻は関係がない

  7. アメリカ

    政治

    日本経済

    【藤井聡】『2023年度 国土強靱化定量的脆弱性評価・...

  8. アメリカ

    政治

    日本経済

    【藤井聡】【3月14日に土木学会で記者会見】首都直下地...

  9. 日本経済

    【三橋貴明】無知で間違っている働き者は度し難い

  10. 日本経済

    【三橋貴明】PBと財政破綻は何の関係もない

MORE

タグクラウド